兵庫県西部を流れる二級河川千種川水系安室川では、近隣の小中学校に通う子どもたちが、人力で川底を撹乱し、絶滅の危機に瀕していた希少藻類チスジノリをみごと復活させることに成功しました。
目的
- 希少藻類チスジノリ(Thorea okadae)を復活させること
チスジノリに代表される安室川の河川環境の健全性を取り戻すことを目的に、河川管理者である兵庫県西播磨県民局上郡土木事務所により、2002 年12月に安室川自然再生検討会が設置されました。検討会によりチスジノリの生態の解明に向けた調査が進められ、2004 年10月には、チスジノリを再生のシンボルとした安室川自然再生計画が策定されました。安室川自然再生計画には、①人工的な河床撹乱、②失われた流れの多様性(瀬・淵、湧水、たまり)を有する河道の再生が、重点的な対策として位置づけられました。なかでも、子どもたちによる「川を耕す」活動は、人工的な河床撹乱を行うための取り組みの一つとして始まりました。
経緯
- チスジノリの生態はまったく謎に包まれていました。シャントランシア体と呼ばれる小型の胞子体として通年を過ごし、何らかのきっかけで一部が冬期に大型の配偶体となることが知られています。この配偶体がいわゆる「チスジノリ」として認識されていました。以前の安室川では毎年数百株ものチスジノリが見られていましたが、1970 年代の河川改修やダム建設後から減少を続け、1995 年3月から2004 年1月までの約9年間は全く確認されなくなり、計画検討時にはすでに絶滅したと考えられていました。
- 安室川自然再生検討会は、過去の調査記録から、夏期の洪水規模が冬期の配偶体の出現に影響していると推測しました。詳細な現地調査では、配偶体は出現しなくなったものの「シャントランシア体は生息し続けていること」が確認されました。計画の検討が進められていた2003 年8月には過去最大レベルの出水があり、翌2004 年1月には約9年ぶりに配偶体が数株確認されたことで、メカニズムの理解と推測が実証されました。
- こうしたメカニズムの理解から、河川改修事業を通じて川幅が広げられたことや、農業用井堰群も統廃合されたことなどから、洪水による河床の撹乱頻度が低下したため、チスジノリが出現しなくなった可能性があると考えられました。
- そこで、県が設置する安室川自然再生検討会の助言をもとに、「川を耕す」活動として、子どもたちが遊びながら、川底の石をひっくり返したり(川を耕す)、護岸を金属たわしで磨いたり(川を磨く)することで、洪水の代わりに川底を撹乱することを試みました。
- 実施する場所については、シャントランシア体も確認され、かつて配偶体が多数確認されていた場所が選ばれました。「川を耕す」活動は、チスジノリの生活サイクルにあわせて出水期終盤(2005 年9月中旬)に行なわれました。活動には、安室川の傍にある上郡町立山野里小学校の低学年の学童で構成される「山野里なんでも体験隊」と上郡町立上郡中学校科学部の生徒たちが参加しました。
- 2006 年1月、子どもたちが川を耕した場所で配偶体が何株も出現したのです。子どもたちが川で遊ぶことで、チスジノリが見事に復活したのです。子どもたちとチスジノリが戻った小さな安室川は、日本で一番幸せな川のひとつになりました。ただし、根源的に川の環境が改善された訳ではないため、生育が良好でない年もあります。
- 現在でも「川を耕す」活動は、現役の山野里何でも体験隊によって続けられ、人工的な河床撹乱の効果検証は、上郡中学校科学部の生徒たちよって地道に進められています(2014 年現在)s。上郡中学校科学部の調査結果は学術論文としても発表されるなど、チスジノリ生態の解明に大きく貢献しています。このように、安室川のチスジノリを保全する活動は、地域の子どもたちよって連綿と続けられています。
- この他にも、安室川自然再生計画に基づき、農業用井堰の連続転倒によるフラッシュ放流、小型重機を使った淵・たまり(タナゴパラダイス)の再生などが行われ、新たな生育地の確保やタナゴやメダカの再生にも成果をあげています。
活動の流れ
工法の説明・工夫した点
子どもたちの活動であっても、安室川自然再生検討会の指導・助言にもとづき、仮説を立て検証するという科学的なプロセスが厳格に適用されています。これによって、自分たちの活動がどのように自然再生に役立ったかを知り、また学会などを通じて外に発信できることで、継続的な活動のモチベーションになっています。
使用材料・工具
実施体制・スキーム
現場のキーパーソン
効果
【一次的効果】
「川を耕す」活動が行われた箇所でチスジノリ(配偶体およびシャントランシア体)が再確認されました。ただし、子どもたちによる河床撹乱との因果関係については、情報量が少ないために、未だ統計的に立証できるまでには至っていません。
【二次的効果】
「川を耕す」活動を通じて、子どもたちを中心とする地域住民の安室川に対する関心が高まりました。今後も、「川を耕す」活動を継続し、河床撹乱とチスジノリ(配偶体)の発生との因果関係を科学的に検証していく作業が残されています。川を耕す活動、農業用井堰の連続転倒によるフラッシュ放流、小型重機によるタナゴパラダイスの再生などは、大きな土木工事を伴わないため事業費をほとんど必要としない施策ですが、農業者、漁業者,河川管理者,学識経験者,学校,自治会等の連携・協働が前提となります。たとえば、フラッシュ放流期間は、農業用水の利用が制限されますし、漁業も一時的に中止しなければなりません。難しい利害調整が必要となります。
安室川ではこのような利害調整を乗り越え、協働関係が構築されています。これらの利害関係者が、河川環境改善の目的に向かって協働している事例は多くありません。では、なぜ安室川でそれが可能であったのでしょうか。安室川では、詳細な現地調査と生態学の知見、河川技術を駆使した基礎的な検討がしっかりとなされ、さらに、安室川自然再生計画検討会に利害関係者が参画していること、チスジノリという再生のシンボルが存在すること、そして何より子どもたちの参画があること、などが架け橋となり、利害関係者の連携が促進されたことが関係すると思われます。自然再生を進める際、以前の景観や失われた動植物の再生といった分かりやすい目標を掲げることが多いのは、これらのことが要因のように思われます。このやり方で、一歩でも前に進めるのであれば、有効なアプローチだろうと思います。
現地への行き方